三井物産退職と10年間の振り返り

三井物産

本日、2019年1月31日をもって10年間お世話になった三井物産株式会社を退職しました。退職理由は、起業というチャレンジをする為です。

三井物産は、2009年4月に新卒で入社した会社で、この会社で10年間働けたことを心から誇りに思っており、感謝しています。三井物産での10年間を振り返ると、素晴らしい人、仕事との出会いに恵まれました。

三井物産への感謝の気持ちを忘れぬよう、10年間の振り返りも合わせて記しておこうと思い、この記事を書きました。

内定から配属決定まで

僕は、慶應義塾大学(経済学部)を卒業後、2009年4月に新卒として三井物産に入社しました。

当時、内定時に配属希望面談というのがあり、事前の部門別説明会の後に、配属希望先を第3希望まで提出をします。僕は、「アフリカでインパクトのある大きな仕事をしたい」、との思いで三井物産を志望していたことから、その軸を基に、金属資源本部(鉄鉱石や石炭、レアメタルといった資源への投資やトレーディングを行なっている事業本部)を第1希望として提出しました。

当時の人気本部は、感覚値ですが、プロジェクト本部(発電事業やプラントなどへの投資を中心とする部隊)とエネルギー本部(石油・天然ガスの投資、トレーディングを行う部隊)だったと記憶しています。

配属は、入社式の日(4月1日)に発表される形式なのですが、発表の瞬間まで心臓がバクバクしたことを今でも覚えています。

さて、僕が志望していた金属資源本部は、軍隊的、とのイメージが三井物産社内でも持たれることが多く、あまり人気が無かったのですが、それもあったのか、無事に第1希望通りに金属資源本部への配属となりました。(実際軍隊的か、と言われるとそんなことはなかったですが、統制が良く取れた組織ではありました)

三井物産の仕事①レアメタル トレーディング

最初に配属された部署で、僕がアサインされたチームはクロム(フェロクロム)というレアメタルのトレーディングと、投資を行うチームでした。入社1年目の僕は、2年目の先輩の下に付く形で、社会人としてのキャリアをスタートさせることになります。

クロムの産出国は南アフリカ、ジンバブエ、インド、ロシア、カザフスタンといった国。それらからクロムを買付・輸入し、日本を中心に韓国や中国の鉄鋼メーカーに販売する仕事です。

この仕事を通して、お客様対応や外国人とのビジネス・交渉、資料作戦に社内報告、また相場商品ですので、市況を先読みしてポジションを取る、なんてことも実戦を通して力にしていきました。ポジションを取った以上は、日々のポジション管理に損切りも重要です。僕の社会人としての基礎はここで出来上がったと言えます。

トレーディング業務の良いところとして、市況分析、需要家及びサプライヤーとの日々の関係作りに、交渉、契約、入出金、デリバリー、クレーム対応と、若い担当者でも、1つの商売が生まれてから終わるまで、自己完結に近い形で仕事を遂行できる事にあります。(もちろん上司や先輩には相談します)

国内外への出張も多く、生産国はもちろん、クロム鉱山や、精錬工場、製鉄メーカーの生産現場、港湾、世界中で開かれるクロムの国際会議への参加など、ザ・商社マンという生活を送りました。学生時代から海外にはよく言っていましたが、例えば鉱山なんで場所に旅行者が踏み入れられるはずもなく、本当に胸が高鳴るエキサイティングな日々でした。

もちろん、輸入したクロムを載せた船が、鉄鋼メーカー構内の岸壁にぶつけたり、品質が契約と違ったり、あるいは、需要家さんが在庫を切らしそうになったりと、トラブルも沢山ありました。それも含めて、振り返ると本当に充実した日々だったと思います。

当時の僕もそうでしたし、今でもその傾向があると思いますが、トレーディング(輸出入・商品売買)と投資だと、投資の仕事をしたい、という若手が多いです。今から振り返っても、若手のうちに担当した仕事がトレーディング(輸出入・商品売買)で本当によかったと思っているので、現在総合商社を希望する学生には、いずれ投資をやるにしても、是非最初はトレーディングチームへの配属を希望すると良いと思っています。

三井物産の仕事②海外研修員

3年目が終わる頃には、海外に研修員として派遣してもらいました。

派遣先は南アフリカのヨハネスブルグ。

アフリカには多くの資源が眠っていますが、不安定な政権運営により、投資をするには非常にハードルが高い地域です。僕のミッションは、ここを拠点に、東南部アフリカ各国を飛び回り、各国の鉱山省と面談し、各国の資源に関する法制度の確認や国としての今後の方向性の調査を行うことでした。

もともとアフリカでビジネスをしたかったので商社に入った、と書きましたが、文字通りのチャンスを早くから会社に頂けました。

三井物産の仕事③事業投資(資源)、事業撤退

トレーディング業務もしっかりこなせる様になってきた頃に、今度は事業投資関連のチームにも加わる様になりました。

最初に加わったのは、三井物産が南アフリカで投資をしていた事業からの撤退です。南アフリカは、資源大国であり、過去、国際的に安価な電力を強みに経済を成長させてきました。しかしながら、需要拡大を続ける国内電力需要に見合うだけの電力供給が間に合わず、年々競争力を失っていたタイミングでした。今後もますます競争力を失っていくことが自明であったことなどにより、電力を多消費する精練所(鉱石は地中から掘った生のままでは使えず、不純物を落とす精錬が必要になります)への投資から撤退することになりました。僕は、上司・先輩につきながら、撤退交渉(保有する資産の売却)と、資産は売却するが、そこで精錬される資源の販売権は維持すると言った交渉を行いました。

商社の投資は、よく「トレーディング(物流)」と両輪と言われます。実物に日々触れるトレーディングを行なっているがゆえに、商品特性や、客先嗜好、今後のマーケット需給への予測を、金融投資機関よりも高い精度と肌感覚で持つことができます。言い換えると、商社よりもその商品(資源)の特性をわかっている投資家はいない、ということです。

それがゆえに、優位な状態で投資を実行でき、これが商社が資源投資で大きな利益を生み出している背景の1つにあると思っています。(それでも、読み違いは発生し、減損も多数発生しています)

投資の仕事というのは、金額も大きく、リスクも大きい為、個人で殆ど完結できるトレーディングとは異なり、チームで遂行します。チームには営業本部の人員のみならず、法務部、財務部、リスク管理部等様々な人員が加わります。

ここで本当の意味での他者を巻き込んで仕事を成し遂げる、ということを学びました。

三井物産の仕事④日本の中小企業との海外進出

次に担当した業務は、高い技術力と成長への野心を持った日本の中小企業とともに、中国でJVを作り、製造事業に乗り出すというものです。

技術と意欲を有する日本の中小企業にとって、海外への進出というのは大きなチャレンジになります。従い、海外での事業展開に慣れている総合商社は良きパートナーであり、僕が思う、日本の総合商社が行うべき仕事、でした。

相手は、叩き上げのオーナー社長。もちろん、会社の規模が違うが故の、衝突や摩擦もありました。でも、それは当然で、この時の経験やその際にお世話になった社長さんが僕を起業に大きく駆り立てた、と言っても過言ではありません。

三井物産の仕事⑤上場株投資

上場株への投資というのは、総合商社はあまり好んで行いません。

総合総社の投資というのは、基本的にハンズオンで実業ベースでのシナジーを嗜好します。経営陣や出向者も送り込みますし、その観点で、対象会社が上場企業ですと、それらがやりにくい問題が発生します。それら管理コストや、会計処理の問題もあります。

さて、そんな中、貴重な上場株投資のリストラクチャリングの機会に恵まれました。詳しくは書けませんが、既存の上場株投資の投資ストラクチャーを、投資実行時から変化する為替市場や金利などを背景に、間に入っていた投資会社を解散したり、為替を持ち替えたり、と言ったことを行いました。

時は、Brexit(ブレクジット)や米大統領選(トランプ大統領当選)と言った歴史的にも稀に見るタイミングで、マーケットは乱高下。朝から晩まで為替相場と株式市場に張り付きながら、上司や財務部とタイミングを見計らい業務を遂行していました。何日間も緊張が解けることはなく、三井物産の10年間でのハイライト、とも言える日々でした。

この時の上司から学んだことは、今後も活かしていける事ばかりで、本当に感謝しています。

三井物産の仕事⑥新規ビジネス開発

その後、「リサイクル」という切り口で新規ビジネス開発を行います。全国のリサイクル関連の会社様を訪問したり、三井グループ内の企業と連携した取り組みにも参加しました。

結果として、リサイクル、というのは聞こえはいいものの、ビジネスとして成り立たせるにはハードルが高く、会社の成長に資する結果は出すことができませんでした。

ただし、経済産業省に環境省、青森から九州までの地方自治体の方々、地方のリサイクル関係の中小企業と一緒に仕事をする貴重な機会に恵まれました。

三井物産の仕事⑦海外駐在とアフリカ事業開発

入社8年目が終わるころ、ようやく海外駐在の話がきます。海外駐在は、総合商社に入る人間であれば基本的に皆が希望する異動です。

赴任先は南アフリカ、ミッションは三井物産のアフリカ事業開発、です。

まさに、入社時の思いを会社が実現してくれたことになります。

三井物産として、経済成長や中間所得層の増大が見込まれるアフリカに対して、大きな投資をした直後ということもあり、大変刺激的な日々でした。

日々僕が対峙してきた人たちは、「皆が難しい」、というアフリカで、足腰強く事業を20年、30年とかけて大きくしてきた人たち。彼らと日々向き合う中で、自分も挑戦したい、との思いに強くかられるようになりました。起業というチャレンジは、会社員では絶対にすることができません。

そんな中、駐在ミッションを全うせず、関係者には迷惑をかける形となりましたが、自分の思いに従い、退職する決意をしました。快く送り出してくれた人たちには大変感謝しております。

最後に

上記の通り、レアメタルのトレーディングに始まり、海外研修、資源投資・事業撤退、上場株投資、中国での合弁事業設立、新規リサイクル案件組成に、駐在及びアフリカ事業開発、と様々な業務に携わりました。

出張した国も、アメリカ、中国、韓国、シンガポール、香港、インド、スウェーデンに英国、南アフリカ、ジンバブエ、ボツワナ、モザンビーク、マラウィ、ザンビア、ナミビアと国内外沢山出張し、様々なバックグランドの人たちと仕事をしてきました。

キャリアの最初の10年間を三井物産で過ごせたことを心から誇りに思っています。

もし、就職活動期に戻るとしたら、或いは、就職活動中の自分にアドバイスできるとしたら、間違いなく三井物産への入社を強く希望し、勧めるでしょう。

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